| 餘部へ 餘部橋梁とは、兵庫県北部に位置する鉄道橋である。 (アバウトにいえば鳥取と福知山の中間くらいにある) この橋は1912年に開通し、現在でも日本最大のトレッスル橋 (鉄骨を三角形を組み合わせた構造の橋)である。 赤のみで彩られた細く高い鉄橋は、簡素でありながら 優美な鉄橋として、夙に有名である。 その鉄橋が、コンクリートの橋として架け替えられるという(予定)。 コンクリートの橋が意匠を尽くしたものであればともかく、 そのような話は出ていない。 <今回のルート> 東京〜高槻〜茨木〜万博記念公園〜南茨木〜 大阪〜上郡〜鳥取〜(泊)〜餘部〜京都〜東京 <見るときの参考に> 今回は縦が長いので、もし一枚の写真が縦スクロール しないと見られないようなら、F11キーを押して、 フルスクリーンモードを試してみて下さい。 フルスクリーンモードを解除するときもF11です。 |
今回の「目」と決めていたカメラは、リコー・オートハーフ。 かつてカラーフィルムが高価だった頃、フィルムの露光面積を 半分にして倍の枚数を撮れるようにした、いわゆる 「ハーフサイズ」のカメラである。 ハーフサイズのカメラは不思議だ。 段違いにフィルムの消費量が増える。 デジタルで撮っても撮る画像の数は増えるが、ハーフカメラは それともまた違った感じの仕上げになるから面白い。 (その良し悪しについては、ここでは触れない) しかも、このカメラはゼンマイ巻き上げだから、物理的にも 精神的にも撮る枚数が増える。 いわゆる大衆機ということで、露出もピントもいじれる要素が 皆無である。これは、見たままを速写するということにつながる。 一方、露光面積が半分だから、画質では見劣りする。 しかし、鉄橋の勇姿を大型カメラで精密に記録するのは、 私の意図するところではない。 私は、その技術も機材も持ち合わせていない。 じゃあその写真はなんなんだ、と言われると・・・ なんなんだろう? ・・・ひょっとして、私写真?(あれほど嫌ってたのに笑) |
品川〜高槻 20年ぶりのJR高槻駅。 折り悪く日曜日の朝9時前という時間に 着いてしまったため、人通りはまばら、 シャッターも全然開いていないという状態。 時間もあまりなかったので、高槻はそこそこに切り上げ、 万博記念公園に移動することに。 後で聞いた話になるが、私が産まれたのは JR側地区ではなく、阪急の駅側だったそうな。 (いかんせん記憶が全然無い) |
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太陽の塔 この日は35度にもなるという真夏日だった。 吹田からバスで向かうも降りる駅を一つ間違い、 炎天下を15分くらい歩く羽目に・・・。 36年前の今頃も、会期終了(1970年9月13日)を控えて いま以上の熱気に包まれていたのだろうか。 現在は、人影もそんなに多くはない。 塔の周りではゆったりした時間が流れている。 塔は、いまでも力に満ちている。 |
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姫路〜鳥取 智頭急行という高速第三セクターがある。 山陽と山陰を結ぶ重要な動脈として、1994年に開業した。 姫路の少し西、上郡から智頭を経由し、鳥取へと至る。 トンネル・直線を多用し、スピードが出せる路線だ。 智頭急行と同じようなルートのローカル線がある。 故郷(祖父宅)に帰省するときよく使った、姫新線(姫路〜新見) という線だが、カーブが多く時間のかかる路線であり、現在は 寂れる一方となっている(直通列車すらない)。 ぼくは幼いころは、こちらにも快速などが走っていたのだが・・・ *** 鳥取に着いたときには、もう日が傾きかけていた。 平日なのでバスはガラガラ。 傾いた日差しと車内の密度の低さ。 この取り合わせの妙、写真に出ているといいのだけど。 |
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鳥取〜餘部 鳥取での宿は、砂丘のすぐ近くにある「砂丘センター」。 昭和の薫りが色濃く残る同旅館は、最新鋭の建築にはない あたたかみがあって、ぼくのストライクゾーンど真ん中だ。 フロントの方も丁寧で、大変好感を持った。 朝の砂丘を見るならここに泊まるのがいいでしょう。 問題は夕飯時に起こった。 食事は現地で選ぶようにしているので、 宿には素泊まりでお願いしていた。 何度見ても飽きない、砂丘の向こうに沈む夕日を 最後まで見届けてから、さて夕飯と思い周りを見てみると、 商店が全く開いていない。周りにいた観光客は車で とっとと帰ってしまい、見渡せば誰もいないという状況に。 当然日は落ちているので、道を照らすのは少ない電灯と 自販機の明かりのみ。本当に誰も出歩いていない。 宿にチェックインが遅れる旨を電話したとき、 「夕飯は食べてきてくれますね?」と念を押されてしまう。 先手を打たれては何も言えないよ・・・。 結局夕飯は、宿の自販機で購入したキットカット(200円)だけ。 翌朝、鳥取駅でかにめしを一番乗りで購入したことは いうまでもない。 鳥取6時13分発のディーゼル車は山陰の朝日を 存分に受け、車内のすべてを金色に染める。 今回の旅で一番美しい景色だった。 |
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餘部に着いたところでフィルム終了。 二眼レフによる鳥取砂丘編及び餘部下車散策編へ続く・・・かも? |